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さよなら、ヒース・レジャー

ハリウッドで活躍していたオーストラリア人俳優のヒース・レジャーが
睡眠薬等、薬物の過剰摂取で亡くなってしまいました。
ワタシは今、すごくすごく悲しいです。ショックです。

まだ28歳だったのに、どうして? 
これからもっともっといい俳優になったはずなのに…。
今のところ、自殺とも事故とも断定されていないのですが
本当に残念なことです。

古くはマリリン・モンロー、ジェラール・フィリップ、ジェームズ・ディーン、
そして90年代にはリバー・フェニックスなど、
これまでにも若くして旅立ってしまったスター俳優たちがいましたが
最近はあまりそういうことが無かったので、よけいに衝撃的でした。

ヒース・レジャーは、オーストラリア・パース出身。
「恋のからさわぎ」という99年のアメリカ映画でハリウッドデビューしました。
その際に監督が、彼のオーストラリア訛りを懸念していたそうなんですが
彼はカラリと「その訛りがボクの役柄をより魅力的に見せるはずだよ」と
自信たっぷりに言ったんだとか。
オーストラリア人らしい朗らかさを感じる発言ですが、
その言葉のとおり、ヒースはこの作品で一躍注目され、
その後、多数のハリウッド大作や話題作に出演することになります。

年上の同郷女優、ナオミ・ワッツとけっこう長く付き合っていたのですが
その後、いつのまにか「ブロークバック・マウンテン」で共演した
ミシェル・ウィリアムズと交際していたヒース。

ワタシはヒースとナオミ・ワッツのカップルがとってもお似合いで
大好きだったので、ちょっと残念だったのですが
去年、ミシェルがヒースの子どもを出産したとの報道を聞いて、
「魅力的なパパになるんだろうなぁ」と思っていたものです。

「ブロークバック~」が高く評価され、アカデミー賞授賞式に
ミシェルと一緒に出席していたのも記憶に新しいです。
まだお腹が大きかったミシェルと、仲むつまじい様子を見せていたんですよね。

ワタシは、彼の出演作では
「ロック・ユー!」と「サハラに舞う羽根」が好きでした。
「パトリオット」も良かったなぁ。
精悍ながら陽気な少年のような顔立ちで好感がもてました。

今では、アメリカ映画でメインを張っている
オーストラリア人俳優がたくさんいますが、
そんなオージースターたちの先駆者の1人と言ってもいいと思います。
もちろん、メル・ギブソン、ニコール・キッドマンなどが先に頑張っていましたけど、
ヒースが出て来た頃は、
ヒュー・ジャックマンたち若手がググッと人気になった時期と重なっていて、
「みんなスターになりたいから、オーストラリア出身って偽ってるんじゃない?」
なんて言うジョークが出るくらい、勢いがありました。

去年、ヒースとミシェルは破局していたみたいですが
そうは言っても自分の娘の父親である彼の突然の悲報を聞いたミシェルは
どんなにショックだったかと思うと、
ただの一ファンであるワタシでさえ、とても胸が痛いです。

すでに撮り終っていた映画が数本あるようですが、
それ以降の彼の新しい出演作は、もう観られなくなってしまいました。
でも、これからも、
ヒースの名前とこれまでに出演した映画はずっと残っていくことでしょう。
今日は久々に彼の記念すべきデビュー作のビデオを見てみようかなと思います。

投稿者 mi-chan : 2008年01月23日 18:08

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