« ピンはいずこ… | 子グマのミーちゃん日記TOP | ありえね~っ! »
公開中に観そびれたので
「主人公は僕だった」をDVDで鑑賞しました。
国税監査官として、規則正しく、真面目に生きているハロルド。
そんな彼の頭の中である日突然、自分の行動をナレーションする女性の声が聞こえて来ます。
最初は自分の頭がおかしくなったのかと思ったハロルドですが
「後に起こる出来事を彼は知るよしもなかった」とナレーションが言ったことで
自分の異常ではなく、自分の人生をコントロールしている存在があるのではと思うようになります。
その頃、長きスランプに陥った女流作家が
執筆中の小説のエンディングを考えていました。
彼女のこれまでの小説では、すべて主人公が死んで終わる結末でした。
そこで、今回も何かウマイ死なせ方はないか…と考えているのですが
なかなか思いつかず、ストーリーを書くタイプの指が進みません。
ハロルドは、その作家が書いている小説の中の主人公でした。
作家は、自分の小説の中の人物が実在しているなんて、夢にも思っていません。
ハロルドの方は、自分が小説のラストで死んでしまうらしいということに気づき、
どうにかしてそれを阻止したいと思うのでした。
この設定、なんだか「トゥルーマンショー」を思い起こさせますが
話が進むにつれて、ドラえもんの「あらかじめ日記」みたいなカンジにもなって来ます。
主演は、ウィル・フェレル。
アメリカではコメディ映画界を牽引するリーダー格の彼ですが
この映画では、「俺たちニュースキャスター」「俺たちフィギュアスケーター」
「プロデューサーズ」の時のようなバカ騒ぎや大暴れはナシ。
その代わり、静かなオトボケ演技と絶妙な間合いでくすくす笑いを誘います。
生真面目な国税局のお役人で、冗談が通じなくて…みたいな
カタブツな男性の心の動きを
いつものお得意のオーバーアクトは使わないで演じているんですよ。
コメディが出来る人は、演技が巧いとよく言いますけど
これってホントだなぁと改めて思わせてくれましたね。
このウィル・フェレルの巧さに、
さらにダスティン・ホフマンとエマ・トンプソンという名優が加わっちゃって
見ていて安心できる、成熟した雰囲気でした。
ホフマンは、ちょっといい加減で胡散臭い文学教授、
トンプソンは、ハロルドを主人公に小説を書いている作家の役で
どちらもさすがの深い味わい。
そして、ハロルドと恋に落ちる女性をマギー・ギレンホール。
彼女もとても魅力的でした。
「ダークナイト」ではあまり評判がよろしくなかったマギーですけど
彼女って、超大作よりもやっぱりこういう小粒だけどいい味…
みたいな作品のほうが似合ってますよね。
今までも評価が高かったのってアーティスティックな小品とか、
通好みの単館系だったんですから…。
どうして実在する人が小説の主人公になって
書かれた通りに行動するようになったの? とか、
色々疑問は残るんですが、そこらへんはファンタジーとして大目に見るとして
ワタシたちも、自分の意思で毎日、生きているようだけど
実は大きなチカラで動かされているだけなのかも…なんて思っちゃいました。
ワタシ、昔からそれはよく考えるんですよ。
たまたま偶然、この道を通ったから知り合いにバッタリ会ったけど
一本違う道を歩いてたら会わなかったんだよな、
違う道を歩く可能性だって十分あったのに。
これって何なのかな、偶然じゃなくて必然なのかな、
すべての行動には意味があるってことなのかな…とか。
新宿駅のような超ごった返している場所で
数年ぶりの友達とすれ違ったり、
お家から1時間以上も離れた駅で
駆け込み乗車でギリギリ飛び乗った電車の中に
近所のおじさんが座ってたり。
海外の空港で知り合いに会ったこともありますしね。
空から誰かが見ていて、誰かと誰かが出会うようにコントロールしてない?
と疑いたくなっちゃいます。
そんな運命論みたいなことも考えてしまうし、
この映画では「死」についても
なかなかに深い考察と投げかけを与えてきます。
ゲラゲラと笑えるタイプのコメディ映画ではないんですけど
エンドマークの後、しばし色々なことを考えさせられる作品です。
今、見終わった作品を反芻しながら物思いにふける…これも映画の楽しみのひとつですよね。
投稿者 mi-chan : 2008年10月29日 23:25
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.ju-janaito.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1570




