クロアチア旅、最後のディナーは
オパティアという町で取ることになりました。
ホテルのレセプションで
「どこかいいレストランはない?」と聞くと
「大通りに出れば、たくさんあるよー」という、
あまり親切とはいえない漠然とした答え。
レセプションの兄さんの言うところの大通りに出てみましたが、
地味な灯りがポツポツとあるだけで
レストランらしきものは見つけられませんでした。やっぱりなぁ(汗)。
ホテルから出て、海岸沿いの大通りを右へしばらく行っても、それらしき店は無く、
ブティックやスーパーマーケットをひやかしただけで終了。
続いて左へテクテク。
やっぱり何も無い…。
またしてもスーパーマーケットを見つけたので、
「仕方が無い、何か食べるものを買ってホテルへ帰ろうか」と思って
入ろうとしたら、店員のおじさんに
「だめだめ、もう閉店だよ」と、追い出されてしまいました。
ええぃ、こうなったら、このおじさんに聞いてしまえ~!
「すいませんけど、このあたりで美味しいレストランかピッツェリアかなんか、
ご存知ないですか?」
おじさんは、サラリと
「ああ、知ってるよ、うまいピッツェリア」と言い、
名前と行きかたを教えてくれました。
やっぱり頼りになるのは、地元の方ですね~♪
教えられたピッツェリアは大通り沿いではなく、
ひっそりとした裏通りの坂道を上がっていったところにありました。
これじゃ~、初めて来た観光客は絶対分からないよね~と
言いながら店内を覗くと、厨房のピザを焼くレンガの釜の前で、
ピザ生地を延ばしている男性が2人見えました。
おっ、おいしそう♪
そして、テーブル席には小学生くらいの子どもを連れた家族が。
これはまさしく地元民しか来ないお店!
こういうお店に来たかったんだよね~、と
ワタシたちは「当たり」の匂いを感じながら入店しました♪
予想通り、気取らない雰囲気でありながら広々としていて清潔な店内、
そして安くて美味しくてボリュームたっぷりのピザが出てきました!
地元の人たちは1人1枚をペロリと平らげていましたが、
ワタシたちには結構大変でした~。
【シーフードピザ。エビ・イカ・クラムなどが無造作にドサッ。
具の載せ方が均一じゃないところがヨーロッパって感じです・笑】
【ウエイターさんに勧められた4つの味のピザ。生ハム、ツナオニオン、
エビクリーム、ポルチーニ。特にポルチーニが絶品でした】
デザートのアイスクリームも、ホームメイドな感じで美味しかったんですよ~。
たっぷりのホイップクリームとバニラアイスクリームに
大粒のベリー(チェリーくらいの大きさのベリー。何だか分かりませんでした)の
生の果実をお砂糖で軽く煮たソースが熱々のまま、器の底にたっぷり敷いてありました。
恐れていたほど寒くもなかったし、景色も美しく、
どの町でも親切な人ばっかりと出会えて、とっても気持ちのいい旅だったね~、と
今回の旅の総括などをまったり語り合い、お腹いっぱいになったところでお会計。
ほんとにリーズナブルで、2人で2000円でおつりが来ちゃう感じでした。
庶民の食べ物はこうでなくちゃね~。
この町には、明日の空港に行きやすいかな、という理由で来ただけなので
観光は出来なかったのですが、調べてみると色々な美しい場所があるようです。
うーん、やっぱり季節を変えてもう一度来なくちゃいけないみたいです、クロアチア。
投稿者 mi-chan : 23:04 | コメント (0) | トラックバック (0)
大きなフェリーが行き来する港を有するザダールは
クロアチアのほぼ真ん中に位置する、遺跡の多く残る町です。
あ~、そろそろバスにばっかり乗っているのも疲れたし、
飽きたな~と思っていたワタシは、
港に停泊していたフェリーに注目しちゃいました。
クロアチアは列車がまだ十分に機能していないので
移動の中心はバスなんですよね。
聞くところによると、先日立ち寄ったスプリットから
定期船でザタールに来ることも可能だそうです。
次回、もしここに来ることがあったら、フェリー利用もいいかも~。
さてさて、古い城門をくぐって旧市街に入ると、
なかなか賑やかな通りに出ました。
ベネトンやエタム、ナフナフなどのブティックが立ち並び、
スーパーマーケットや銀行、CDショップも。
この国に来て一番「都会」な場所を歩いている~♪
ショップを覗いたり、カフェでカプチーノを飲んだり(カフェの数がとても多い!)しながら
町の奥へと進むと、教会発見。
横にあったフォロ・ロマーノ(ローマ遺跡)は、特に柵などされているわけでもなく、
ごくごく普通に町の人たちの通り道の一部でした。
日本なら絶対、柵を作って大切に大切に保存し、入場料取ってしまうでしょうね~。
それも悪いとは思いませんが、
ヨーロッパの人々のこういうスタンスもとても好きなんですよね、ワタシ。
遺跡を特別なものとして扱わず、毎日当たり前にそれらに触れる暮らし…。
素敵です。
今でも町のあちこちで発掘作業がおこなわれていましたから、
今後も遺跡は続々見つかるのかも知れません。
ちなみに昔の人たちは、これらの遺跡が見つかると
「おおっ、うちの柱にちょうどいい♪」ってな感じで、
ローマ遺跡から出てきた大理石の柱などをガンガン切って、
持って行ってしまったそうですよ。
大らか、というか何と言うか…(笑)。
なので、一本だけしか柱が残されていない遺跡があったりしました。
うろうろしていると、海に出てしまいました。
海の遊歩道には、等間隔に人工的に開けられた穴がありました。
何かと思ったら、波がこの遊歩道に寄せて打ちつけると、
それが音になってこの穴から聞こえてくるのだそうで
「波のオルガン」と呼ばれているんですって。
どんな音なのか、とっても聞きたかったのですが
アドリア海はすごくすごく穏やかで、
岸壁にうちつける波なんてちょびっとも立っていないのでした。
そもそもアドリア海って、ここ数日、ワタシが見ている限り、
相当な悪天候でも全然波が高くなったりしていませんよ。穏やかな海なんですね。
東映映画のオープニングみたいな波は、とうてい見ることが出来ません。
【穴の横にあったプレート。波のオルガンのことが書いてある…?】
しばらく粘りましたが、やはり波のオルガンを聴くことは出来ず。
どなたかぜひ、聴きに行って、ビデオ録画して来て欲しいものです。
うろうろしていると、どこかの教会の鐘がお昼を告げました。
すると突然、ぞろぞろとスゴイ数の学生が現れて
通りのレストランやカフェは、どこもみるみるうちに大賑わいに。
どうやら近くに大学があるようです。
ワタシたちは小さな入り江のような船着場のそばにあった
素敵なレストランに入ることにしました。
ワタシはスカンピとクラムのタリアテッレ、
ママはシーフードとトリュフのリゾットをオーダー。
トリュフも、クロアチアではよく採れるんですよね。
【頼んでないけど出てきた前菜。ツナのタルタル・バルサミコソースでした♪】
タリアテッレも、リゾットも熱々でアルデンテで絶妙な塩加減。
フレッシュな魚介、薫り高いトリュフ…と、もう大満足でした。
このお店は、もしまたこの町に来ることがあったら絶対に来たいと思いました。
ウエイターのおじさんが、最初はコワモテでちょっと話しにくかったんです。
ドラマ「ザ・シールド」のマイケル・チクリスみたいな、ずんぐりしたイカツイ系で…。
ところが、このオジサマ、
ママが「素敵なネクタイですね」と言ったとたん、ニッコニコし始めました。
「知ってるかい、クロアチアはネクタイの発祥の地なんだよ」と、おじさん。
「知ってま~す、“クロアタ”に行って来ましたよ~」と、
ワタシが、クロアチアの有名なネクタイショップの
名を上げると、うんうんと頷いて更にご機嫌に。
ワタシたちが日本から来たというと、おじさんは
「昔、若い時なんだけどね、私には日本人の恋人がいたんだよ。
シノブって言ってね。とっても綺麗な子だったんだ。
でも彼女はアメリカに行ってしまったのさ。
今ごろ、どこでどうしているかな、シノブは…」
と、遠い目をして語り始めました。
そんなキャラクターには見えなかったのに、
いきなり饒舌で明るい人になってしまったおじさんなのでした。
楽しくおしゃべりをして、お店をあとにしたワタシたちは
旧市街を少し散策した後、再びバス乗り場へ…。
このクロアチア旅もあと一晩眠ったら終わりになります。
投稿者 mi-chan : 23:54 | コメント (0) | トラックバック (0)
ドゥブロヴニクの次にワタシたちが向かったのは
シベニクという歴史のある町です。
ここは、世界各国はもちろんのこと、
日本でも年に何度もコンサートを開催している
人気ピアニスト、マキシムの出身地です。
彼は、内戦時代にも戦火の中、音楽学校でピアノのレッスンを続け、
クロアチアのピアノコンクールで優勝、
最も戦禍のひどかった地域から優勝者が出たことで
多くの人々を驚愕させた、という伝説の持ち主で
「現代版・戦場のピアニスト」と称されることもあります。
スーパーモデルばりの長身&イケメンで
女性ファンも多いんですよね~。
そしてシベニクは、アメリカンドラマ「ER」で
ドクター・ルカ・コバッチュに扮しているゴラン・ヴィシュニックの出身地でもあります。
正確には2人とも、シベニクの海に浮かぶ島が故郷だそうです。
ということで、この町って、実は長身イケメンの宝庫なのでは?と思い、
独自の調査に来てみたのでした(嘘です。でもちょっと期待・笑)。
しかし、予想に反して町にはイケメンどころか人があまりいず…(汗)。
でも、確かに老若男女、皆さん体格が良かったです。
ところが、偶然に話しかけた女性が
マキシムやゴランと同じ島の出身で、彼らのお母さんもよく知っていて
マキシムたちのことも子供のころから知っているという方だったのです。
すごい幸運!
52歳(聞いてないのに自分から言ったの…)だというその女性は、
日本から来た小さなピンクのクマが、
マキシムはもちろん、ゴランのことまで知っていたことに少し驚いていたようでした。
ワタシは、
「マキシムって本名? どういう意味? ファミリーネームは?」とか
「マキシムもゴランも、普段はどんな人?」
「よくシベニクには2人とも帰ってくるの?」
などなど、矢継ぎ早に色々と質問したのですが
そのすべてに彼女はスラスラと答えてくれました。
海辺を歩きながらおしゃべりしていたのですが
その女性が、
「あ~、マキシムの奥さんの名前、何だったかしら…忘れちゃったわ」と言うので
「別にいいですよ」と言ったワタシ。
すると、いきなり彼女は
海辺を散歩していた地元のおじさんに話しかけました。
2人は、クロアチア語で何ごとか話していたのですが
女性がすぐにワタシのところに戻って来て
「奥さんの名前、分かったわよ」と言うのです。
なんと、今の通りすがりのおじさんに聞いて来たんですよ。
さすが地元の有名人、誰もがマキシムの私生活まで詳しく知っているんですね。
ビックリしたと同時になんだかすごく面白くて、思わず笑ってしまいました。
彼女の案内で、
マキシムが戦争中も通い続けていたという音楽学校へも行きました。
まさか、そんなところまで教えてもらえると思わなかったので驚きでした。
彼女いわく「私の娘2人も、ここでフルートを習っていたのよ。
だからよく知っているの」。
ホント、狭い町なんですね~。
しかも、
ワタシが聞いてもいないのに
2人のすんごいディープなゴシップまで詳しく教えてくれちゃいました!
う~ん、地元ならでは。
そして、どこの国でもオバサマってゴシップ好きなんですね(笑)。
でも、おかげでとってもトクした気分で楽しいひと時を過ごせました。
イケメンには会えなかったけど、シベニク、来て良かったなぁ♪
投稿者 mi-chan : 23:19 | コメント (0) | トラックバック (0)
ドゥブロヴニク旧市街の入り口にあたるピレ門を入ってすぐの場所に位置するのは、
ヨーロッパで3番目に古い薬局があるフランシスコ会修道院です。
ちなみにヨーロッパ最古の薬局はフィレンツェにあります。
映画「ハンニバル」でフィレンツェに滞在するレクターが、
そこで買ったハンドクリームを使っていて、
それが手紙に付着していたことからレクターの居所が割れる…というくだりがありましたよね。
話を戻しまして、昔は修道女が薬の調合が出来る技術を持っていたんですね。
もっと言えば、僧侶は大砲や鉄砲に使う火薬の調合が出来たんだそうです。
いつの世も、政治と軍事、そして宗教は密接に絡み合うものなのですね。
この修道院には、2万個以上の薬壺や手書きの処方箋等が保存されていたほか、
クロアチア内戦時に飛んで来た砲弾の痕をひとつだけ壁に残してあり、
強烈な印象でした。
修道院を出てすぐの広場には、歴史ある「オノフリオの噴水」があり、
今も水がチョロチョロと出ていました。
【このお水、ガイドブックには「飲める」と書いてありましたが…。
お腹のヨワイ子グマは飲む勇気なかったデス】
街には、地元のカワイイお姉さんたちがいたので
「あなたは、この間の戦争の時、何をしていたの? どこにいたの?」とか
色々と聞いてみたかったんですけど
あまりに最近の出来ごとなので、
もしかしたら、心の傷だったりするかも知れないと思い、
ついに何も聞くことは出来ませんでした。
15年くらい前のことなわけですから、
小さかった彼女たちはどんなにか恐ろしい思いをしたことでしょう。
テレビのニュースやドラマ、映画で見ていても怖かったですけど、
やっぱり、実際に建物がひどい瓦礫のままになっているのを
目の当たりにすると、戦争の恐怖をすごく身近に感じました。
夕食は、せっかく海辺の町に来たのだから…とシーフードを楽しむことにしました。
ヨーロッパの街ではよくあることですが
日本や韓国と違って、お店は大きな看板や煌々としたネオンがあるわけではないし、
レストランがたくさん固まっているわけでもないので
うろうろと良さげなお店を探しまわるハメに。
旧市街の通りから一歩、海側へ降りていくと、暗い防波堤のある波打ち際に出ました。
灯りも少ないし、ちょっとコワいから引き返そうかな…と
思っていたら、少し先にシーフードレストランが見えました。
ドア越しにお店の中を覗くと、ウエイターのおじさんが気づいて
ドアを開け「どうぞ、どうぞ」とワタシたちを招き入れてくれます。
そう言われたら入るしかないねっ、と店内へ。
暖炉があって、広々としたレストラン。いい雰囲気です。
「シーフードパスタとか、ありますか?」とおじさんに聞くと
「あるある。うちはシーフードばっかりだよ、ささ、好きな席に座って」と言います。
けっこう立派なお店なのにクレジットカードが使えないと言われて、
クーナをあまり持っていなかったワタシたちは
一瞬、アセリましたが、ユーロで支払い出来るというコトで
好きなものを心置きなく注文。
危なかった~。ユーロを持っていなかったら、
食事をした後に「働かせてください…」と言わなくてはいけないところでした。
アンティパストにサーモンのパテと、いわしのマリネが出て来て、
それだけでかなりのボリューム。
アッツアツのアルデンテで具沢山のシーフードスパゲティと、
テーブルのそばにあった暖炉の炭で焼いてくれた
スカンピのグリルがとても美味しかったです。
【炭の香りがとっても香ばしくて、たまらなく美味しかったスカンピのグリル。
下に敷いてあるのは何と、ご飯でした】
その後、シルク刺繍のお店など、昼間に行きそびれた場所に行ってみたのですが
ガイドブックには21時まで、なんて書いてあっても20時にはとっとと閉まっていました~。
こうなると、もう一日この地にいたいところですが
明日は、別の街に行く予定にしちゃったんですよね~。
ドゥブロヴニク、素敵な雰囲気の街です。もう一度絶対に来たい場所になりました。
投稿者 mi-chan : 23:36 | コメント (0) | トラックバック (0)
ドゥブロヴニクは、アドリア海の真珠と呼ばれる風光明媚な場所です。
ですが、90年代の内戦で街は破壊され、
最近まで観光客の姿はほとんどありませんでした。
近年になり、だいぶ復旧が進み、美しい海と島々には
ヨーロッパやアメリカのセレブが避暑にやってくることも多くなったようです。
スティーヴン・スピルバーグやトム・クルーズも
夏のバカンスにお忍びで遊びに来ているんですって。
まだそんなに観光地として世界的にメジャーになっていないので
人に騒がれたりしないから、スターものんびり出来ていいんでしょうね。
ホテルもまだそんなに数は無くて、
「SOBE」と呼ばれる看板を掲げた一般家庭に泊めてもらうのが
クロアチア流。ですが、今回、ワタシたちはどこの町でもホテルが取れたので
SOBEのお世話になることはありませんでした。
次回はぜひSOBEに泊まってみたいですね~。
さて、ドゥブロヴニクは新市街と旧市街から構成されている街です。
旧市街は、城壁に囲まれたこじんまりとしたエリアで
街の端から端までは数分。可愛らしい街です。
メインストリートから両脇に入る小道がたくさんあって階段でつながっています。
ヨーロッパはこういう旧市街、多いですね。
迷路みたいに続く裏通り、階段…大好きです♪
教会や修道院など、戦火を何とか免れた古い建築物が残っているので
それらを見学した後、城壁を一周することにしました。
城壁は、旧市街をぐるりと囲むおよそ2kmほどで、
写真を撮ったりしながら散策すると1時間くらいかかりました。
入場料は、50クーナ(日本円だと1150円くらい)でした。
【心が洗われるような風景をのんびり眺めて写真撮影。
この城壁、夏はけっこう混雑しているようなので冬に来たのはある意味正解?】
城壁、と言っても今もごく普通に市民が住んでいるんですよ。
学校もありました。
【戦争前からの屋根は茶色くくすんだもの、戦争で破壊されて
新しくした屋根は鮮やかなオレンジ色。ほとんどが新しい屋根ですね】
右側は絶景のアドリア海、左側は内戦の傷跡が残る住居…
という景色を見ながら散策。
どうしてこんな綺麗な場所で戦争なんかしたんだろう…と心が痛みました。
クロアチアのどこの町に行っても感じましたが、
まだ完全に復興が済んでいないことが分かります。
山の上には、戦争前に使われていたケーブルカー発着所が
砲撃されてボロボロになったままの形で残されています。
平和への願いを込めて、今も当時の姿のままにしているそうです。
【山の上に残されている凄惨なケープルカー発着所。
右にあるのは、ナポレオンが残していったという伝説の十字架】
投稿者 mi-chan : 23:16 | コメント (0) | トラックバック (0)
スプリットの次は、いよいよクロアチア旅のハイライト、
“アドリア海の真珠”と称される街・ドゥブロヴニクへGO~!
しかーし、さすが細長いお国、クロアチア。
スプリットからドゥブロヴニクまではバスで約5時間もかかるのです。
そのため、早起きしてバスに乗らなくてはなりません。
でも、そのおかげで港の朝焼けを見ることが出来ました。
【普段は寝坊が大好きだけど、こんな景色を見ると
たまには早起きもいいかなって思います】
【ま、早起きと言っても、コレは午前7時の景色です。
すいません、ワタシの中では超早朝なんですぅ】
以前は列車もたくさんあったようなのですが
90年代の内戦の影響が未だに色濃く残り、列車はあまり本数がないようです。
おかげでアドリア海沿岸からグッと内陸部へと入り込む場所に位置する
首都・ザグレブには、今回、日程の都合で行くことが出来ないのです。
残念ですが、もう一度この国を訪れる理由になるからまぁいいか、と思うことにしました。
5時間もバス旅を続けたら退屈しちゃうかな、と思っていたワタシですが
アドリア海の美しい景色を眺めながらのドライブは何とも気分爽快♪
これからクロアチア旅行をお考えの方で、この区間をバスで移動する予定の方、
バスの座席は進行方向右側がオススメです。
海と島々、海辺の街並みという最高の景色をずうっと楽しむことが出来ますヨ。
途中、何度かトイレ休憩を取ったのですが、予想外の嬉しい出来事があったんです。
何と、バスは一度ボスニア・ヘルツェゴビナに入国し、
売店でトイレ休憩をとると言うではないですか。
自分がまさかボスニアの地に立つことになるなんて
夢にも思っていなかったので、とっても興奮してしまいました。
ワタシの中では、この間まで内戦・紛争が続いていた悲しい国、
というイメージだったボスニア・ヘルツェゴビナ。
宗教対立、民族間対立なども未だにあると聞いていましたし、
つい最近までおこなわれていた空爆などの影響もあり、
草木も生えていないような不毛の土地を連想していました。
ところが、バスが到着したのはのどかで美しい海辺の町でした。
しかも、海では牡蠣の養殖がおこなわれていたのです。
この牡蠣、とても美味しくて有名なんだそうですよ。
中規模のスーパーマーケットも何軒か並んでいて、
物価が安いので、隣国クロアチアの人たちが
日用品や食料品の買い物に来ることも多いんだとか。
もう、あまりに予想外の光景だったのでビックリです。
【ボスニア・ヘルツェゴビナの海辺。
手前の海面に黒く線を描いているのが牡蠣の養殖場です】
立ち寄った小さな食料品店には
カフェがあり、そのカフェスペースのトイレをお借りしたのですが、
そこの店員さんがフレンドリーで朗らかだったことにこれまたビックリ。
お茶も頼まないでトイレへ直行しているのに、
ニコニコと笑顔でトイレの場所を指し示してくれて、
そのうえ「コンニチワ」「アリガトウ」と日本語まで知っていました。
売店では、ユーロも、クロアチアの通貨・クーナも使うことが出来て、
500mlペットボトルのミネラルウォーターがおよそ93円くらいで買えました。
ボスニアと言えば、サッカーのイビチャ・オシム監督の故郷ですよね。
日本で病と闘われているオシムさんの更なる回復を願いつつ、
彼の代わりにボスニアの太陽と空気をいっぱい吸い込んだワタシでした。
投稿者 mi-chan : 23:47 | コメント (0) | トラックバック (0)
プリトヴィツェからバスで約2時間半ほど行くと、
港町・スプリットに到着しました。
今まで山の中だったので、海を見られて気分も一新です。
鉄道駅や、バスターミナル、フェリー発着所もあるのでなかなか賑やか。
港町らしい、明るい色調の建物と旧市街のシックな雰囲気が
うまくミックスされていてワタシ好みの町です。
【南国っぽい木々が植わっていてちょっとビックリ。暖かいんですね】
スプリットで一番有名な建物は、1979年に世界遺産になった
ディオクレティアヌス宮殿です。
【城内に展示されていた絵図。元はこんな素晴らしい宮殿があったようです】
ローマのディオクレティアヌス皇帝が引退後の住まいとして
1700年前に建てた宮殿の一部が今も残っているんですね。
四つの門で繋がっている立派な作りで、
今ではその中で町の人たちが普通にお店やホテルを経営したりして、
生活の一部と化していました。
【遺跡の脇を普通にテクテクと通り過ぎる町の人々。
ごく当たり前のものとして一緒に時を過ごしているのがステキです。
よーく見ると、遺跡の真ん中に三毛猫もいますよ】
【宮殿内には、絵画やアクセサリー、お土産を売る店が左右にズラリ】
【城壁にはクロアチアのサッカーチームのグッズを売るお店もありましたよ】
この宮殿、最初は地下に埋もれていて、
町の人たちはその存在に全然気づいていなかったそうですよ。
ただ、ところどころ床に穴が開いている場所があったので
ゴミをどんどん入れていたところ、
いつまでたってもゴミで穴が満杯にならないので
ヘンだな~と思って掘ってみたら、
地下に巨大な建物が埋まっていた…というワケです。
イタリアのポンペイ遺跡も、農夫が畑を耕していて
鍬だか鋤だかにコツン、と何かが当たったので掘ってみたのが
発見のきっかけだったというし、遺跡って意外なことで発見されるものなんですね。
【天井にポコポコ開いているのが、市民が上からゴミを押し込んでいた穴。
こんなに広い地下だもの、そりゃあ、いくら捨ててもゴミは満杯になりませんよね~】
投稿者 mi-chan : 21:30 | コメント (0) | トラックバック (0)
クロアチアで、まず最初にワタシがどーしても見てみたかったのが
世界遺産でもあるプリトヴィツェ湖群国立公園です。
ここは中国の九寨溝と同じ、石灰湖で
神秘的なエメラルドグリーンの湖水が見られる場所として有名です。
標高650mの高さに或る湖から150mの落差の間に
16の湖と92の滝があるとされています。
今までテレビや写真でしか見たことがない、
あの幻想的な場所に自分がいけるのかと思うと、
もう超楽しみ♪で仕方がありませんでした。
でも、やっぱりまだ雨が降ったりやんだり…。
前日はプリトヴィツェ国立公園近くのホテルに宿泊。
このホテルのロビーには
公園内に生息している野生動物たちの剥製がたくさん飾られていました。
それが、みんな人間チックにアレンジされちゃっていてユーモラスな感じ。
こういう発想、日本人には無いんじゃないかなって思いました。
【ポールダンスをしているセクシー系キツネギャルと、銃を手にしている物騒なキツネ。
ボディガード? それとも? 色々想像してしまいます】
【ヤマネコさん、目つき悪いっすね~(笑)。ポーカー負けてるのかな?】
朝になり、いよいよ出かけますか、という時刻になっても
雨が降ったり止んだりと、ご機嫌斜めな空模様。
フロントのお兄さんに
「先週までは雪だったし、今日は雨だから水量が増えすぎちゃって、
公園の中のボートは多分運行してないと思うよ」と言われてしまいました。
うーん、残念。でも、ボートはダメでも遊歩道は歩けるはずっ。
足元がぬかるんでいることを予測して
ウォーキングなどの時に履く、ナイロン製のズボン、
シャカパン(…とワタシは呼んでいるんですけど、ホントは何て言うのかな)を
着用して、歩く気マンマン!でホテルを出発♪
夏場は世界中から観光客が押し寄せるこのプリトヴィツェ国立公園も
冬場はほとんど誰もいない静かな場所になっていました。
特に先週までは雪が降り、気温がマイナス12度だったらしいので
それも影響しているんだと思います。
【プリトヴィツェ国立公園全景図。すべてを歩きつくすには3日くらいは必要だそうです】
それでも、スタートゲートからウォーキングコースに入った頃には、
時おり晴れ間も出て来て、なかなか気持ちのいい空気になってきました。
もちろん、もっとお天気が良ければ、もっと綺麗な景色なんでしょうけど
これだってじゅうぶんに美しい光景です。
【段々の棚のようになっている滝。曇り空でもグリーンに見えました】
雪解け水で水量が増していて迫力も満点!
中には滝の水が、木で出来た遊歩道の上にまで溢れている場所もあったんですよ。
雪で凍結していたら、滝だってもっとショボかったでしょうしね。
結果オーライです!
ワタシが道端にしゃがみ込んで植物の写真を撮っていたら、
通りかかった地元のお姉さんが
「その花は、プライムローズって言うのよ。クロアチアの春、一番最初に咲く花なの」
と教えてくれました。
こういう小さな出会いと会話が何だか嬉しいですね。
ふきのとうも、あちこちに出ていて…寒い寒いと言いながらも
クロアチアには、というか北半球には、確実に春が近づいているのを感じたのでした。
滝や森林のマイナスイオンをたっぷり浴びて、
すっかりお肌も精神も美しくなった気がしました。
現に、この土地の女性たち、みんな綺麗なんですよー。
美を追求する女性の皆さんはもちろん、
美女と出会いたい男性の方々にもクロアチアはオススメです♪
投稿者 mi-chan : 22:14 | コメント (2) | トラックバック (0)
ブレッド湖の後は、すぐ近くにあるブレッド城へ。
ブレッド城は、湖から高さ100mの場所に位置しているので
さっき行ったブレッド湖が眼下に見えて素敵な景色でした。
【右に見えるのが、ブレッド湖に浮かぶブレッド島と、
ワタシが鐘を鳴らした聖マリア教会です】
ランチは、ブレッド湖やその近くのボーヒン湖で獲れるマスのムニエルを食べました。
このマスは最初からこの土地にいたのではなくて
ナチス・ドイツが駐屯していた時代、ナチス軍が自分たちの食糧として
食べるために湖に放流したのが最初なんだそうですよ。
「黄金のマス」と呼ばれるこのマスは、
なぜかヘミングウェイの小説に出てくるアメリカのマスと同種なんですって。
何かきっと、歴史的ないきさつがあるんでしょうね。
以上、ガイドブックの受け売りでした~。
その後、スロベニアの首都、リュブリャーナに移動したものの、
まだまだ雨が降りやまず…。
この町は、古い歴史を感じさせる建築物が多く、
とてもしっとりとしたヨーロッパらしい雰囲気がありました。
市庁舎、教会などを見て回りましたが、
特にワタシには、
リュブリャーニツァ川に架かった扇の形の三本橋(トロモストウイエ)が印象的でしたね~。
この橋は、以前にあった石橋の形を保存しつつ、
新しく歩行者のための二本をクロスさせる形で付け加えたユニークかつ美しいデザインです。
この三本橋前のプレシェーレン広場のそばに架かる橋も綺麗でした。
市の紋章になっている竜が両側の欄干に座っているんですよ。
そうそう、町でこんな看板を見つけました。
スロベニアって、「愛のある国」っていう愛称なんだそうですが
その理由は、看板をご覧になっていただけると分かりますよね。
【英語で「スロベニア」って書くと…
そう、真ん中に「LOVE」という文字が入っているのです♪】
今まで全然知りませんでしたが、
スロベニアという国もなかなか味わい深く、見どころが多いんですね。
とは言ってもスロベニアにはまた今度改めてゆっくり遊びに来るとして、
明日こそは、クロアチアに入国しなくては…。
今回のメインは、クロアチアなのです。
明日こそはお天気になって欲しいな~!
投稿者 mi-chan : 23:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
先月は、北欧に出かけたワタシですが
今月は、クロアチアに行くことにしました。
日本からクロアチアへは現在、
特別チャーター便を除いては直行便は無いので、
イタリアのミラノへ行き、国内線に乗り継いでトリエステへ。
その他、ローマやオーストリアのウィーン、ドイツなどから
入ることも出来ます。
トリエステからはバスで、まずはスロベニアに入国です。
スロベニアは、美しい白馬が生まれる土地があったり、
トロッコに乗って内部を駆け抜ける有名なポストイナ鍾乳洞があったりと
意外に見どころが多い国なんです。
でも今回は、クロアチアがメインなので、ググッとガマン。
厳選した2ヵ所だけに行こうと思います。
最初に訪れたのはブレッド湖です。
以前、湖の真ん中の小島に小さな教会があるのを
テレビ番組で見たことがあったので、
どうしてもそこに行ってみたくて…。
「絵のように美しい」と称される湖なんですけど、あいにくの雨模様。
予定では湖面が幻想的な青色のはずだったのに…。
でも、そのおかげで人がいなくて静かで良かったです。
この地には、ユーゴ時代の大統領、チトーさんのお屋敷で
今はホテルになっている建物などもありました。
ボート乗り場にいるおじさんに頼むと、
湖の真ん中にあるブレッド島まで、小舟を出してくれます。
舟は、環境を守るために人力なんですね。
料金は、往復で10ユーロでした。
おじさんが漕いでくれる舟でゆっくりと島に渡ると、
すぐに99段の石の階段が現れます。
その先に、ワタシが行きたかった聖マリア教会があるんですね~。
スロベニアの人たちにとって、この教会は
結婚式を挙げたい憧れの場所で、
いつもカップルで混みあっているそうです。
新郎新婦は、舟で島にやって来ると、まず新郎が新婦を抱き上げ、
お姫様抱っこのまま、99段の石段を休まずに上がらなくてはならないんですって。
途中で休んだり、新婦を降ろすと幸せになれないと言われているそうで…。
その日のために新郎は体を鍛え、新婦はダイエットに励むとか。
万が一、うっかり階段の60段目くらいで息が上がって
奥さんを降ろしてしまったら、旦那様は一生、
何を言われるか分かったものじゃないですよね(笑)。
新婦を抱っこしていなくても、やっぱり99段はキツイ~。
ワタシは途中で一回、休憩しちゃいました。
新郎じゃないからいいよね~。
聖マリア教会の祭壇の前には
「鳴らすと幸せになれる」という伝説の鐘があります。
でも、ロープを引っ張れば誰でも鐘を鳴らせるわけではないんですって。
ロープが硬くて、はずみをつけて力いっぱい引かないとダメなんです。
しかも、幸せになり、願いが叶うのは鐘が3回鳴ったときだけ。
強くロープを引っ張り過ぎれば4回以上、弱く引けば2回、
時には一度も鳴らないということもあるんだそうです。
教会に入った人たちは、みんな並んで順番に
鐘を鳴らすべくロープを引っ張ります。
天皇家の黒田清子さんも、ご結婚前に一人旅でこの教会を訪れて
この鐘を鳴らされたそうですよ。
【よーく見ると、祭壇前にロープが下がっています。
それが鐘を鳴らすためのものなんです】
事前に聞いていた話の通り、何度挑戦しても不発の人もいて、
ドキドキしながらワタシもトライ!
カーン、カーン…あれ、2回? カーン…。おおっ、3回鳴ったあ~♪
しかも、3回めが遅れてポヨーンって鳴ったのが、何かワタシっぽいなぁ~。
続いて、ワタシのママが引っ張ると4回鳴りました。
ママはワタシより小柄で腕力も無いので、強く引っ張ったとも思えないんですけど4回。
何だか、引く時の力加減と、鳴る回数は関係ないみたいで不思議です。
満足して教会を出て、すぐそばにあるカフェに入ったワタシ。
すると、店内に入ってすぐ、チャリチャリーンと足元に小銭が振って来ました。
見るとユーロの50セント玉と10セント玉。
周囲には人が誰も居なくて、でも一応、
「これ誰のですか~? お金落とした人~」と叫んでみたんですけど
シーン…。
ワタシ自身、お財布を一度も出していないので、自分で落としたとも思えず…。
変だな~。
ママが「ミーちゃん、これが、鐘が3回鳴ったご利益じゃない?」と言います。
だとしたら何てショボイんだー。60セントだよー。
お金が降って来るなら、紙のお金がわさわさ降って来てよぉ(笑)。
これが鐘3回のハッピーではありませんように…と願いつつ、
ブレッド湖を後にしたワタシなのでした。
投稿者 mi-chan : 23:57 | コメント (0) | トラックバック (0)
デンマークには宮殿もたくさんありました。
とても全部は見られなかったので、
とりあえず有名なアマリエンボーとローゼンボーを見に行きました。
アマリエンボーでは衛兵さんの交代の時間に遭遇♪
衛兵交代は2時間ごとらしいです。
この寒い中、2時間もたちっぱなしってツライですよね。
任務の途中でお腹痛くなったりしたら、どうするんだろう…
と心配になっちゃいました。
【アマリエンボー宮殿にて。
絵本やアニメで見たことがある、おもちゃの兵隊さんみたいな制服です】
【交代する兵隊さんが申し送りをしていました。
たぶん「異常なし」とか言ってるんでしょうけど、チューするのかっていうくらい
接近しているのが笑えました】
国立美術館にも行きましたが
北欧らしい不可思議なセンスの展示のオンパレードで
理解に苦しんでしまいましたね~。
この間、東京で見た「ムンク展」もそう感じましたけど
北欧の人々の感覚って独特なのかも知れません。
今回、デンマークで泊まったホテルは、
チボリ公園からすぐのロケーションだったのですが、
あまりに近すぎたせいか、毎日、公園の前を素通りしてあちこちに行くだけで
肝心の公園の中には入っていないことに気づいたのが帰国の前日。
そんなに大きな公園でもないので、帰る前にサクッと寄りますか~
というコトになり、空港に行く数時間前にお散歩に行きました。
公園内は、小さなレストランやショップがたくさんあり、
奥にはローラーコースターやメリーゴーランドといった遊園地系の乗り物が。
射的などのゲームが出来る小屋も並んでいました。
園内には、おとぎの国・コペンハーゲンらしく、
かわいい装飾があちこちにあって楽しかったです。
最後に、市庁舎前に建っていたアンデルセン像にお別れを言って
デンマークを後にしました。
夏に行ったマカオもそうでしたが、北欧も、これまで日本でイメージしていた
スタイリッシュな雰囲気とはちょっと違う国でした。
でも、マカオにしても北欧にしても、実際に行って自分の足で歩き、
その土地の空気を吸い、人々に接してみて初めて感じることがあり、
また、イメージと実際が違うのだということも分かるんですよね~。
だから旅はやめられないのかも知れません。
投稿者 mi-chan : 21:06 | コメント (0) | トラックバック (0)
あまりの寒さに、実は既に日本に帰国してしまっているワタシたちです。
東京は暖かいなぁ~。
と、ゆっくり日本でくつろぎつつ、
昨日のブログのお城めぐりのお話、続きを書きますね~。
クロンボー城に行くために降りたヘルシンゴー駅に戻り、
今度は、来た時とは違う線に乗って、フレデリクスボー城を目指したワタシたち。
フレデリクスボー城は、北欧で一番美しいと称されるお城なんだそうです。
当初、ワタシはガイドブックで最寄の下車駅を下調べしておいたのですが、
朝、宿泊しているホテルを出発する際に、何気なくフロントのお姉さんに
「クロンボー城と、フレデリクスボー城に行きたいんだけど、
乗る電車はすぐに分かるかしら?」と、聞いてみました。
すると、お姉さんは親切にも
両方のお城の行き方をインターネットで調べて、
日本で言うところの「乗り換え案内」みたいなものをプリントアウトしてくれたんです。
コペンハーゲン→(所要時間50分)ヘルシンゴー行き→
ヘルシンゴー下車→クロンボー城(徒歩15分)…
みたいな感じの案内が細かくデンマーク語で記載されていました。
それによると
フレデリクスボー城は、ワタシが最初に調べた「ヒレルド」駅ではなく、
その2つ手前の駅で降りればいいと書いてありました。
お姉さんにも口頭で再度確認したら、その通りだとのこと。
いやー、助かっちゃったなぁ、プリントアウトまで貰っちゃって…と
ワタシは、その紙の指示通りに「Fredensborg」駅で下車。
お城、お城っと…。
閑散とした駅前通りで、「お城は、こっち」の看板を見つけたワタシたちは
「急がないと、日が暮れちゃうよぉ」と、早足でその方角へ歩きました。
時刻は14時すぎです。日没まであとわずかな時間しかありません。
前を歩いていたトシちゃんが
「お城、あったよー」と言って振り返りました。
でも…そこに建っていたのは白いお城でした。
ワタシ「違うもん、赤いお城、見に来たんだよ。これじゃないよ」
トシちゃん「え~?赤~!?」
ガイドブックに載っている写真のフレデリクスボー城は、
赤いレンガ造りでトンガリ屋根。
でも、目の前の建物は白い壁で丸い屋根…。
【こじんまり。この時、左横に衛兵さんが睨みをきかせて仁王立ちしてました】
ここってどこ? あのガイドブックに載ってる赤いお城はどこにあるの?
とりあえず白いお城に向かって歩き出したワタシたちの前に
真っ黒くて背高のっぽな毛皮の帽子をかぶった王室の衛兵さんが立ちはだかりました。
ギロリ、とワタシをにらみつけた兵隊さんは、
低い声で「NO!」と言い、お城の敷地に入ろうと一歩踏み出したトシちゃんを制止します。
怒られちゃった…。
ここはどこかも知りたかったし、
ガイドブックの写真を見せて、赤いお城のことも聞きたかったけど
会話なんて絶対にしてくれなさそうなオーラをバリバリ出している兵隊さん。
ヘタすれば腰に携えている鉄砲を出しちゃいそうな勢いです。
コワい…。
でもまぁ、兵隊さんが門番してるってことは、
間違いなく王室のお城なんだろーなー…と判断し、
「写真撮ってもいいですか」とだけ聞くと、顔は動かさず、
またまた目だけギロリ、とワタシに向けて、コクリと小さくうなずいた兵隊さん。
一枚だけお城の写真を撮らせていただき、
「ありがとう」と言ってみましたが、完全無視されてしまいました。
お仕事の邪魔してスミマセンでしたぁっ、と一目散に退散したワタシたちは、
兵隊さんの視界に入らない場所まで避難すると、
ちょっとシンキングタイム。
売店もあるにはあるけど、閉まっていて無人。
しかも、人っ子一人通らないので誰かに尋ねることも出来ないのです。
困ったなぁ…と、思いながら、ふとお城の看板を見たワタシ。
「Fredensborg」フ・レ・デン・ス・ボーかぁ…あれ?
フレデリクスボーじゃないじゃん!
そう、ワタシの行きたかった赤いお城は
「フレデリクスボー」だったのです。
ここは「フレデンスボー」じゃないの!
まぎらわしい名前を近くの城につけないでよねっ。
っていうか、こんな至近距離に城をいっぱい作んないでよっ。
王室の国というだけあって、そこいらじゅうにお城があるんですね~、この国ったら。
なので、
ホテルのお姉さんも、間違えて「フレデンスボー」の行き方案内を
プリントアウトしてしまったようでした。
ガイドブックに素直に従えば良かった…。
いえね、さっきこの駅で降りる時に、一瞬思ったんですよ、
ちょっと綴りが違うかなぁって。
でも、コペンハーゲンだって、
デンマーク語の表記だと「Kobenhavn」って書くんですよ。
だから「フレデリクス」って言うのも英語読みかなんかの発音で、
こっちの国の表記だと「Fredensborg」でいいのかなって
思っちゃったんですよねぇ。
そんなワタシの心の葛藤を知らないトシちゃんに
「何で間違えるわけ~?」と叱られながら、
「はいはい、あと2駅乗りましょう」と、
Fredensborg駅へと戻ることにしました。
しかし、東京と違い(当たり前ですけどね)、そう簡単に列車は来ないのでありました。
出入り自由な無人駅。駅舎はありましたが、鍵がかかっていて入れず、
別棟のトイレもドアに鍵がかかっていて使えず。
何て不親切なのかしら…。
寒さでカチカチに固まりつつ、無人の吹きさらしのホームで待つこと数十分。
電車がやって来ました。
ワタシ、今まで生きて来て
これほど電車の中の暖かさが心地よかったことってなかったです。
これまでに大雪のニューヨークも、零下のドイツも経験しているんですけどね、
何だかこんなに寒くなかった気がします。
インナーも、セーターも重ね着&分厚いダウンコート&ホカロン&極厚靴下&
マフラー・手袋・帽子の重装備だというのにこのツラさは、いったい…。
湿気が多くて空気が重くて冷たいんですよね。
そのおかげでお肌はあまり乾燥せずにすみましたが…。
でも、それでも今年の北欧は暖冬なんだそうですよ。
例年通りだったら、どんなことになっていたのかと思うとゾッとしちゃいます。
程なくしてヒレルド駅に到着。
お城までは、駅前からバスに乗るとラクチンのようなんですけど
何番のバスに乗っていいか分からないので
とりあえず何でもいいから停まっているバスの運転手さんに聞く、
という韓国やマカオでやりまくった作戦を実行!
スウェーデン、デンマークは、ホテルの人はもちろんのこと、
お店の人、駅員さん、通りすがりの人…と誰もが英語を話せるので本当に助かります。
スペインではホントに辛かったですからね~。
ワタシが聞き込みしたバスの運転手さんも
「私の後ろに停まっている700番台のバスに乗りなさい」と
早口の英語で教えてくれました。
そして、その該当するバスの運転手さんには
「フレデリクスボー城に行きますか?」という確認と共に
「降りるバス停になったら教えてくださいね~」とお願いもしちゃいました。
知らない場所で乗るバスで、このお願いが出来ると出来ないのとでは
安心感が雲泥の差なんですよね。
親切な人々のおかげで無事に念願のフレデリクスボー城に到着!
残念ながら15時を過ぎていたので城内には入れませんでしたが(閉めるの早いよね~)、
この豪華な外観だけでも十分満足出来ました♪
【帰り道にあった湖から見たフレデリクスボー城。夏には湖畔クルーズも出来るそうです】
予想外の失敗もあった一日でしたが、
結果的には計3つのお城を見ることが出来て
まぁ、良かったではないの…という結論に至りました。
あ、ちなみに後で街の人に聞いたところ、
間違って行っちゃった白いお城・フレデンスボー城は、
デンマーク王室の春と秋の住まいらしいということでした。
ということは、今は誰も住んでいないのに
この寒い中、衛兵さんを立たせていたんですね。カワイソすぎだわー。
あの兵隊さんが怖すぎピリピリオーラを醸し出していた
理由が分かった気がしました。
誰もいないトコに何時間も1人で立たされて、きっと頭に来てたんだね(違う?)。
投稿者 mi-chan : 22:10 | コメント (0) | トラックバック (0)
コペンハーゲンでのショッピングに限界を感じたワタシたちは、
コペンハーゲン中央駅から電車に乗り、クロンボー城を目指しました。
クロンボー城のあるヘルシンゴーという街は、
コペンの中心部からはちょっと遠く、電車で1時間くらいかかるのですが
せっかく近くにいるんだから…ということで頑張って行ってみることにしました。
世界遺産ですしね、やっぱり見てみたいじゃないですか♪
それにしてもクロンボー城って…皆様、どこかで聞いたこと無いですか?
ワタシもコペンハーゲンに行こう、と決めて地図などを眺めていた時に
「ん? もしかして…」と初めて気づいたのですが、
このお城は、
あのシェイクスピアの書いた悲劇「ハムレット」の舞台となった場所なのです。
イギリス人であるシェイクスピアが、
なにゆえに、自分の小説の舞台をこの北の果てにあるお城に設定したのかは
不勉強なワタシには分かりませんが、
どうやら元々あった北欧伝説をベースにしたのではないかという話らしいです。
その伝説によると、デンマーク王子・ハムレットは「アムレット」という名前みたいですよ。
シェイクスピア、全然名づけ、ひねってないね~(笑)。
ちなみに、お城のある駅の地名「ヘルシンゴー」は
英語だと「エルシノワ」と言うんですね。
だからハムレットに出てくるお城の名前がエルシノワ城だったのかと
今更ながら納得してしまいました。
などと話しているうちに電車はヘルシンゴーに到着。
こじんまりしたお店が建ち並ぶ、かわいい町の中に、小さな教会を発見したので
中を覗かせてもらったりしながら、いよいよクロンボー城へ。
そういえば、少し前に観た映画「ベオウルフ」の舞台も古代デンマークのお城でした。
もしかしたら、ここがモデルになっているのかな?
海辺に建っていたお城だったし…。
お城のなかに写真展示があったのですが、
毎年、夏には、このお城の中庭などを使って「ハムレット」の舞台上演があるようです。
小説に出てきたホントのお城で見る「ハムレット」…エキサイティングですよね~。
見てみたい!
でも、本当にクロンボー城の亡霊が出てきちゃったりしないか、ちょっと心配です…。
城内は、狭いらせん階段を昇る見張り塔、教会、有名な大広間といったところから、
地下トンネルの先にある厩や牢獄のような場所まで自由に見学させてもらえました。
そしてワタシたちの一日は、これでエクスカーション終了♪ ではありません。
この後、もうひとつのお城、フレデリクスボー城にも行くのです。
ワタシの旅プランはいつも強行軍なのです。
ですが、これがまたトンでもない珍道中になってしまいまして…。
続きはまた明日、書かせていただきますね。
投稿者 mi-chan : 22:40 | コメント (0) | トラックバック (0)
人魚姫の像、ゲフィオンの泉を見たワタシたちは
市街中心部へと戻り、
市庁舎前広場の大きなクリスマスツリーを見上げた後…
【市庁舎とクリスマスツリー。このツリーは樹齢100年という噂】
ニューハウンというエリアへ。
ここは、童話作家・アンデルセンが愛したところで、
彼が数々の作品を執筆をした家などが今も残る小さな港町です。
ニューハウンとは、「新しい港」という意味だそうで、
17世紀ごろには盛んに荷揚げなどがおこなわれていたようですけど
今はガッツリ観光スポットって感じでしたね~。
でも、ここに来なければコペンハーゲンに来たことにはならない、
という言葉まであるそうですよ。
確かに、観光ガイドや旅行パンフのイメージ写真で見たことがある風景が
そこかしこに見られました。
ここでランチを取る事にしたワタシたち。
かなりの数のレストランがひしめきあっているこのエリア、
どこに入ろうかと迷っているうちに
何かよく分からないけど、通り沿いのテラス席にたくさんお客さんがいた
一軒のレストランのテーブル席につられて適当に座っちゃいました。
メニューを見ると、「クリスマスプレート」というものがあったので
注文してみました。
白身魚のフライ、サラダ、豚肉の揚げ物、ボイルした豚肉に
野菜(たぶんビーツかな?)の赤ワイン煮がソース代わりに添えられたものなどが
盛り合わせになったワンプレート料理でした。
地味ね~。
でも、お料理を運んで来たバル・キルマーを若くしたようなウエイターのお兄さんいわく
「これがデンマークの伝統的なクリスマス料理さ」だそうです。
これに、クリスマスの伝統菓子 ライスプディングのベリーソースがけがデザートについて、
飲み物は含まれない料金で約3500円。
何度もしつこいですけど、ホント、物価が高いです~。
バル・キルマー風ウエイターが、お会計伝票を持ってきたので
2人分をまとめてクレジットカードで支払い、サインをしていると、
何だかしきりと、バル・キルマーが
「うわっ、クールだぁ」と感動しています。
「どしたん?」と聞くと、
彼はワタシが日本語で伝票にサインしたのを見て喜んでいるのでした。
漢字、ひらがな、カタカナが混じった日本語の文字は、
彼らから見ると、とてもカッコイイらしいんですね。
以前、オランダでもアンネ・フランクの隠れ家でメッセージ帳に記帳したら、
その文字を見ていたドイツ人のおじさんが
「それは日本語?スゴイかっこいい文字だね~」と話しかけてきたのを思い出しました。
「スタイリッシュだね、いいねっ」と目を輝かせている彼を見て
「観光地なのに今までクレジットカードのサインに
漢字を使ったお客さんはいなかったのかしら」と、ちょっと不思議に思いつつも
ちょっと微笑ましい気分になったワタシでした。
あとから考えたら、そのバル・キルマー君の名前を聞いて
漢字で書いてあげれば良かったなぁ、なんて思いましたね~。
今回のホテルは、チボリ公園から程近い場所にあるので
歩行者天国になっているショッピングストリート、
ストロイエを通ってショッピングしながら(結局何も買いませんでしたが)
チボリ公園のほうへ戻ることに。
特に買いたいものもないのですが
しばらく歩いていると、それだけで寒くて鼻の頭が痛くなってくるので
適当なところで何度も「あったまりに入ろう」と言っては
色んなお店に入ることを繰り返しながら、ホテルに向かいます。
トシちゃんは、寒いのがニガテなので
「だめだ、夕方になると体が冷え固まって活きが悪くなってくる…眠い…」
と言い出しました。
「だめだー、ここで寝たら死ぬぞー」と励ますワタシも、
あまりの寒さにダウンコートのフードをすっぽりかぶって歩いています。
トシちゃんは、顔の下半分をショールで覆い、目だけ出しています。
信号待ちで立ち止まっていると、横に来た自転車のお姉さんが
荷台に置いていたバッグを急に脇に抱えて持ち直しました。
どこの国から来たかよく分からないクマと、ちっちゃいアジア人が
頭からすっぽりかぶりものして立っているんですから、
ワタシたち、よっぽど怪しかったんですね。
お姉さん、ワタシたちにバッグ盗られると思ったんじゃないでしょうか。
でも、どー思われようと「そんなの関係ねぇ」状態の極寒なのです。
明日はシェイクスピアの「ハムレット」の舞台と言われるお城に
行ってみたいと思います。
投稿者 mi-chan : 23:52 | コメント (0) | トラックバック (0)
皆さん、素敵なクリスマスをお過ごしでしょうか?
ワタシは、ストックホルム・アーランダ空港から飛行機でおよそ50分、
デンマーク・コペンハーゲンに到着しました。
今回、SAS(スカンジナビア航空)を利用したのですが
最近のドメスティックは飲み物・食べ物すべて有料なんですねっ。
このところ、海外・日本ともに国内線を利用していないので知らないんですけど、
もしかして他のエアーもそうなんでしょうか?
50分くらいなので別に何も飲まなくても構わないんですけど、
航空業界の不景気をこんなところにも感じたりして
ちょっとせつなくなってしまいました。
さてさて、コペンハーゲン空港はクリスマスムードいっぱいでした。
シックな飾り付けのツリーが北欧らしい雰囲気です。
この空港、北欧のハブ空港のわりには街の中心部に近くてイイですね。
高速道路を使いはしますが、クルマで20~30分くらいで
コペンハーゲン中央駅近くの最も賑やかなエリアに到着してしまいました。
この街でまず第一に見なくてはならないモノ、それは、何と言ってもアレでしょう。
そう、「世界三大がっかり」の1つ、「人魚姫の像」です!
街外れの寂しい海辺に、それはポツリと建っていました。
特に「人魚姫の像、ココ」みたいな看板や標識のようなものもないので、
最初、どこにあるのか全然分からなくて、
「どこ?」と、うろうろと探してしまったほど地味でした。
それにしても、
何でこんなトコに建てたんだろう…と思うくらい、さびしい海岸でした。
トシちゃん「人魚姫が手に持ってるのって何?」
ワタシ「洗濯物?」
トシちゃん「ワカメ?」
ワタシ「どっちも違うな、きっと…」
…答えは出ないまま、人魚姫に別れを告げたワタシたち。
これにて「シンガポールのマーライオン」「ブリュッセルの小便小僧」と合わせて
「世界三大がっかり」をコンプリートしちゃいました♪
これって自慢になるのか、ならないのか…(笑)。
ちなみに「世界五大がっかり」になると、
「ドイツのローレライ」と「シドニーのオペラハウス」も入るそうですね。
ワタシ、ローレライは見たことがあるのでリーチだわ。
この人魚姫の像から海岸沿いにテクテクと歩くと、
「ゲフィオンの泉」と呼ばれる噴水に到着しました。
スウェーデンの王様から、「一日で耕せるだけの土地を与えよう」と言われた
女神ゲフィオンが「自分ひとりでは少しの土地しか耕せない」と考え、
4人の息子たちを牛に変えて、島を1つ引っ張って来て土地を耕した…
という北欧神話がこの像のモデルだそうです。
ちなみにその引っ張って来た島が現在のシェラン島なんですって。
【ゲフィオンって最初、強そうな名前だから男かと思ってました。女神だったのね】
土地欲しさに息子を牛にしてムチを振るうお母ちゃん…どおりでコワい顔してます。
牛にされちゃった息子たちは、「イヤだよう」ってカンジで
泣く泣く働いてる感じがしません?
水が吹き出ると、像の後ろから水しぶきがあがって壮観らしいのですが
冬なので凍結・故障防止のために水はストップされていました。トホホ…。
凍てつくほど寒いし、公衆トイレも鍵かかってて入れないとこ多数だし、
噴水の水は止まってるし、すぐに日が暮れるし…冬の北欧はとっても物悲しいのでした…。
投稿者 mi-chan : 17:09 | コメント (0) | トラックバック (0)





